定年後 時の過ぎゆくままに 祖父の思い出

こめまる

2018.09.07.(金)

先日、61回目の誕生日を迎えました。

その朝は、三匹の猫に餌をやって、一人で朝食を取り、午前8時前には出勤のため家を出ました。

僕が出勤するまで家族はまだ誰も起きてきていません。

僕は、まだ1歳のオス猫よしおに「行ってきます」というと、よしおはきょとんとした顔をして出てゆく僕を見送っていました。

電車に揺られて、9時過ぎには勤め先に着きました。

勤め先にはタイムカードがなく、自分のPCを立ち上げて出退勤を管理するソフトにログインすれば出勤したことになります。退勤の時は、その逆にソフトをログアウトすれば良いのです。

ログインして、今日の業務内容を手帳に記入している時にスマホのLINEが着信の合図を送ってきました。

長女からで、誕生日おめでとうというメッセージとスタンプでした。続いて妻から、次女から順にスタンプが届きました。

こんな祝われ方も悪くないかなと思いました。

今年は、祖父の生誕110周年

1908年、明治41年は、母方の祖父が生まれた年です。

誕生日までは憶えていません、いや、知らないのかもしれません。

僕が、1957年昭和32年生まれで、初孫でしたから僕が生まれた時、祖父はまだ50才前でした。

背の高いがっしりした体格で、禿げあがった頭と大らかな人柄で、僕は大好きでした。
母の実家が近かったこともあり、幼少の頃から小学生の時まで毎日のように遊びに行っていました。

また、母には弟が三人いて、よく可愛がってもらったものです。

祖母も優しく気づかいの出来る人で、僕は母の実家に行くのが日課になっていました。

ただ、物心ついてからの記憶をたどっても、不思議なことに祖父が働いている姿を見たことがないのです。

夕方小学校が終わってから祖父の家に行っても普通にいましたし、もしかしてすでに働いていなかったのかもしれません。

学生の頃、陸上の選手でケガをして脚を痛め、当時は片足を少し引きづるように歩いていました。それだからでしょうか?

「おじいちゃんは、なんで働いていないの?」一度母に聞いたことがあります。

母の答えは、若い頃は、ちゃんと会社勤めしていたよ、ということでした。僕がその質問した当時、祖父は50代の中頃だったと思います。

すでに年金暮らしだったのでしょうか?

でも祖父は、風流で趣味人でした。特に暇を持て余している感じではありませんでした。

よく叔父たちの友人たちが、祖父に家に来ては、一緒に将棋や碁をさしていました。
また、毎年鈴虫を育てては、秋になるとその鳴き声を聴かせてくれました。
また、驚いたことにトノサマガエルの餌付けまでしていました。

祖父が縁側に座って空き缶を叩くと、どこからかトノサマガエルが何匹かやってくるのです。それをみると、祖父は、「やあこんにちは、元気だったかな」とカエルたちに声をかけて、用意していたミミズを集まってきたカエルたちにハシで摘まんで投げるのです。そうすると、カエルたちは、それをパクっと食べるのでした。

僕は、「おじいちゃん凄いね」と言って祖父の隣で感心していたものです。

90分で学べる、定年後の不安を解消したい方必見!

朝比奈隆氏は、祖父と同い年

最後の巨匠と言われた指揮者の朝比奈隆氏は、2001年に93歳の長寿を全うされました。
亡くなるまで現役で、世界中の音楽ファンからその死は惜しまれました。

朝比奈氏は、奇しくも僕の祖父と同い年です。

祖父は、僕が大学生だった78年に70歳で亡くなりました。
貧乏学生だった僕は、帰省するお金がなくて、葬式に行かなかったことを今でも悔やんでいます。

当時は高齢と思っていましたが、今思うとまだ若かったんだな、と思います。

一方、朝比奈さんは、その頃ようやく知名度は上がってきていましたが、圧倒的なカリスマ性を発揮するのは、まだ先のことでした。

僕は、80年代後半から90年代初めに掛けて、よく朝比奈氏のコンサートに行きました。
当時すでに80歳前後だったと思いますが、背筋がピンと伸びて、かくしゃくとされていました。

コンサートが終われば、ブラボーの嵐で、朝比奈さんは何度もステージに戻って、観客に向かって挨拶をしていました。

その姿を見て僕は、朝比奈さんは幸せな人だな、と思ったものです。

最後に

自分の61歳の誕生日にどうしたことか、1908年明治41年に生まれた二人の人生を考えてしまいました。

僕の祖父は50代でリタイヤして、老後は趣味人としてのんびり暮らしました。一方、朝比奈氏は、世界的指揮者として、亡くなるまで現役でした。

どちらが幸せな人生だったとは言えないし、比べるものでもないと思います。

そしてお二人とも僕の記憶と思い出の中にしっかり生き続けています。

僕もそんな人になれたら幸せだな、と思います。

【前回の記事はこちら】
定年後「風に吹かれて」
定年後「人生が二度あれば」
定年後「人生、常に“未知との遭遇”」

最新記事・限定情報はTwitterで配信中♪

こめまる

1957年9月、富山県生まれ、早稲田大学社会科学部を卒業後、港区の宝飾品専門会社に入社。2017年9月、同社を定年退職し、そのまま再雇用制度を利用し、継続勤務中。現在、横浜市のアパートに妻、娘2名、猫3匹と同居
定年退職の約1年前より、ブログ「中年は荒野をめざす」を運営し、リアルな定年前と定年後の生き方を発信中。
定年後も体が続く限り働くことをモットーとし、働くことは、健康を維持し、生きがいを感じ、生活費を得る良い手段と考え、日々フルタイムで働いています。
クラシック音楽を聴くことを趣味とし、現在LP、CD合わせて1000枚以上所有。聴かずに死ねるかとマニアックな名盤、珍盤を日々集め、聴きまくっています。

こんな記事も読まれています

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年後「風に吹かれて」

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年後「人生が二度あれば」

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年後「人生、常に“未知との遭遇”」

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年後 俺たちには明日はない!

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年退職者 明日に向かって撃て!

定年後・老後定年後・老後 |  生活生活 |  貯め方貯め方

定年後再雇用になって、自分の役割を見つける