なぜ、私に払う義務があるの? 〜サインとハンコと人間関係〜

波戸岡光太

2017.06.30.(金)

「なんで僕に請求書がくるんですか? なんで僕が払わなければならないんですか?」
「だってあいつ、僕には迷惑かけないって、自分で払うって言ってたんですよ…」
「なんで? 意味が分からない…」

相談者Aさん(男性)は、自分あてに届いた請求書を、放り出すようにして私に見せてくれました。
Aさんはよほど納得がいかなかったのでしょう。
請求書のよれたしわが、先ほどまでAさんに握りしめられていたことを物語っていました。

「僕なんかじゃなくて、あいつに請求する話でしょ」Aさんは続けます。
私はゆっくりうなずきながら、その紙に目を落としました。

-賃借人B
-連帯保証人A
-滞納家賃の請求書80万円
と書いてあります。

「あいつって、Bさんのことですか?」
A「そうです。去年別れた妻です。」
「じゃ、今は…」
A「えぇ、今は一緒に住んでないです。その賃貸マンションにはBしか住んでないです。だから家賃払ってないからどうのって、もう僕には関係ないんですよ。Bだって、僕が家を出るとき、家賃は自分で払うって言ってたんですよ。」

「賃貸借契約書にはサインをしましたか?」
A「僕ですか? えっと、最初はサインしましたよ。その時はまだ夫婦でしたし。そりゃするでしょう。でも、もう離婚して赤の他人なんだから。今は僕は住んでないし、契約書とかって無効になるんじゃないですか?」
「…いえ、契約書は無効になりません。」
A「え、なんでですか…」

この相談にかぎらず、債務者同士であらかじめ誰が支払っていくかを話し合うことは、よくあることです。たとえば、
賃貸マンションに入るとき、「家賃は私が払っていく。あなたには迷惑をかけないから、形だけ連帯保証人になってくれないか」と親類にお願いされてサインした経験はありませんか?
お金を借りるとき、「僕が返していく。君には迷惑をかけないよ。だから、名義だけ君の名前で借りてほしいんだ」と恋人にお願いされてお金を借りた経験はありませんか?
住宅ローンを借りるとき、「共働きが前提でローンを組めるから、夫婦で連帯債務にしておこう」という話で夫婦二人でサインをしたが、その後離婚してしまったらどうなると思いますか?

払うと言っていた本人が、約束どおり自分で支払っているうちは問題ありません。
問題は、その人がお金を払わなくなった時です。
「私が払う」「迷惑かけないから」という債務者同士の約束はどうなるのでしょうか。
あるいは「夫婦だから」という理由で借りていた二人が離婚した場合はどうなるのでしょうか。

答えはこうです。
「債務者同士のできごとは、債権者には届かない」
冒頭の例でいえば、AB間のできごとや約束は、大家さんには関係ないということです。

債務者同士の話し合いや事情を、債権者は知らないのが通常です。
債務者同士の話し合いに加わっていない債権者は、その内容に拘束されません。
債権者との関係は、あくまで「債権者との約束(契約)」によって決まります。
ですので、債務者と名乗ってサインした以上、サインした人が支払う義務を負います。
連帯保証人と名乗ってサインした以上、サインした人が債務者の責任を負います。
連帯債務者になった以上、その後離婚しようと何しようと、連帯債務者であり続けます。

決め手は「サインとハンコ」(署名と押印)です。
サインとハンコがある以上、契約書の内容どおりの義務を負うと、債権者に対して約束したことになります。
あとになって、債務者同士が喧嘩したり別れたり離婚したりしても、サインとハンコが消えるわけではありません。
相談者のAさんも、自分のサインとハンコ、つまり大家さんとの約束は残ったままです。

約束を撤回できるのは、債権者が同意してくれた時だけです。
そういう意味で、サインとハンコは怖いです。

サインとハンコをするなと言っているのではありません。それでは世の中成り立ちません。
そうではなく、サインとハンコはそれだけ重要だということを、ぜひ知っておいて頂きたいのです。
(契約を結ぶときの心構えは『なぜ契約は守らなければならないのか』の記事も参考になります。)

だから、人にサインを求められたときは「何となく断れなかった」で済ませるのではなく、
自分はサインの意味を分かっているか、そのリスクを受け入れる覚悟があるか、いちど自分に問いかけてください。
覚悟があればよし、どうしても覚悟がないと気づいたら、無理をしないことも選択肢の一つです。

「あなたのために、リスクを負おう」という判断もあれば、
「お互いのために、サインはできない」という判断もあるでしょう。

たかだか紙切れ一枚へのサインとハンコ。
夫婦、親族、恋人、友人…人間関係とお金の責任を、立ち止まり、考える時間をぜひ作ってください。

次回の記事はこちら▶『慰謝料はどんなときにいくら請求できるのか 〜慰謝料の性質と目安〜』
前回の記事はこちら▶『終わらない不動産相続問題』

波戸岡光太

弁護士。アクト法律事務所。
「困っている人を助けたい」-少年時代からの熱い思いを胸に、2007年に弁護士となる。経営者とビジネスパーソンをもりたてるパートナーとして、契約トラブルや債権回収問題の予防・解決を中心に取り組む。
経営者向けコーチングスキルも兼ね備え、依頼者と伴走しつねに最高の解決を目指す。
東京都港区赤坂3-9-18赤坂見附KITAYAMAビル6階
http://www.hatooka.jp

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